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「犬と巻貝」
普段卵を丸呑みにしていた犬が、巻貝を目にしたとき、それを卵だと思い、大口を開けて一息に呑みこんだ。腹が重くなり、苦しがって言うには、「こんな目に遭うのも当然だ。丸いものなら何でも卵と思い込んでいたのだから」
何ら躊躇わずに事に乗り出せば、気付かぬうちにひどい目に遭う、ということをこの話は教えている。
付属の教訓は、古の人の手によるものです。何ら躊躇わずに事に乗り出す、という言い方をしていますが、角度を変えた見方をすると、何事も思い込みだけで行動してはいけない、ということになります。この犬の場合、何故卵なのかは不問にして、「丸いものなら何でも卵」と思い込んでいたものですから、躊躇いもなく、結果として苦しむことになったといえます。
とはいえ、この犬が普段から思慮深く行動していたとすれば、ここでの失敗は、
Even Homer sometimes nods. <弘法も筆の誤り>
と見ることもできます(ちなみにHomerとは古代の詩人ホメロスのこと)。ただ、どうやらこの犬は無思慮に思い込みで行動していたようですから、苦しんだ後でしまったと気付いても、
It's too late to lock the
stable door when the horse has been stolen. <後の祭り>
というものです。もちろん、気付かないよりはましでしょうが、
History
repeats itself. <歴史は繰り返す>
ということになる可能性も十分に考えられます。なにせ「丸いものなら何でも卵」と思い込めるほどの犬ですから。しかし、変に注意深くなって、どっちつかずになってしまうと、それはそれで悩ましいものです。卵ではありませんが、犬についてのこんな話があります。
「犬と兎」
猟犬が兎を捕まえて、これを咬んだり、その口で舐めまわしたりした。兎がそれを拒んでいうには、「さてさて、犬よ、敵なのか友人なのか分かるように、噛むのか撫でまわすのか、どちらかを止めてくれ」
思い込みは時として思い切りのよさといったものに繋がりますから、要は程度の問題です。
Too much water drowned the miller. <過ぎたるはなお及ばざるがごとし>
そのあたりの匙加減をうまく出来るならば、思い込みの強さもまた、輝ける個性として広く認められることでしょう。
ところで、犬といえば、先日某オジサマが犬をかわいがる姿をテレビで目にしました。ついでに自転車でふらつく姿も目にして、足下大丈夫かな、などと余計な心配もしてしまいましたが。いや、これはいけない思い込みかもしれませんね。
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